おれの山、おれの道

生半可なおっさんが主観的に山登りと人生を語るブログ

ブルーハーツのTRAIN-TRAINについて考えた

今回はまったく唐突に山とは関係ない話。

THE BLUE HEARTSという20年くらい前に解散したバンドの、30年近く前の歌について考えたことを書きたいと思う(つか、もうそんなに経つのか… おれもおっさんになるはずだ)。

このブログに書くのは場違いのようにも思えるが、まあおれのブログだし誰に迷惑かけるわけでもあるまい。なんとなく思ったことを吐き出したくなったので書いてみたという、それだけの他愛のない戯言である。

興味が沸いたら暇つぶしにでも読んでくれればいい。

というか興味が無い人は時間の無駄でしか無いので読まない方がいい。

興味があるぞと勝手に読んで、つまらなかったと文句を言うのはやめていただきたい。

まあそのへんは万国共通。今後も適当にやっていきたいと思います。。

 

で、その歌というのは「TRAIN-TRAIN(トレイントレイン)」。

ブルーハーツの代表曲とも言える名曲だ。

テレビドラマの主題歌になったりしてすごく流行った歌だから、近い世代なら誰しもがなんとなく知っているだろう。今でもブルーハーツの歌はテレビのコマーシャルなんかで度々使われているから、若い世代の人でも耳にしたことくらいはあるんじゃないだろうか。

 

おれは世代的にドンピシャだから、この歌は発表された当時から知っている。

その当時なかなかにエッジの効いた(つもりの)パンク少年だったおれは、ブルーハーツというバンドが世間に広く受け入れられていく大きな契機となったこの歌を、いい歌だとは思いながらもなんとなく素直に受け入れられない複雑な気分で聞いたものだ。

年を重ねるにつれて、ブルーハーツというバンドに対しての見方は変わっていき、その時々でいろいろな思いがあった。そんな中でトレイトレンがいい歌だという評価については基本的に変わりはないのだが…

 

ちなみに今、おれはブルーハーツのコピーバンドをやっている。

今、というか途中休止していた期間も含めればかれこれ7、8年くらいの活動期間があり、その間に10回くらいはライブもやっている。バンドではブルーハーツとその後のバンド(ハイロウズクロマニヨンズ)と合わせた中から5、60曲ぐらいは演奏したと思う。

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ステージ上で盛り上がったりカッコつけたりしているおっさん ©2016 THE BLUE PANTS

 

が、このトレイントレインという曲についてはまともに演りたいという気が起こらず、去年初めてライブで演奏するまでは、何度か練習で合わせたことはあったが本腰を入れてやったことがなかった。

技術的に少し難しい部分もあるのだが、それを抜きにしてもなんとなく気持ちが入らず乗り切れない感じ。ヒットしたいい曲だけど、歌詞も曲もキレイすぎてイマイチ入りきれないような感じであったこともあり、数ある彼らの曲の中では正直なところあまり重きを置いていなかったのである。

 

だが、ずいぶん長い付き合いになるこの歌を、おれはつい最近までちゃんと理解していなかったのだということにここに来て思い至った。

今までわかったつもりでいながら「なんとなく」聞き流していたこの歌の言わんとするところが、近頃ふいに腑に落ちた感があり、そうなってみると今までなんとなく「いい歌」だと思っていた以上に「凄い歌」だなと、改めて実感させられているのである。

 

前置きが長くなったが、本題に入る。おれはこの歌の何がわかっていなかったのか?

 

一見するとこの歌の歌詞は全体的に前向きな感じで、人間や人生というものを肯定するような言葉にあふれているように見えるが、その中でちょっと浮いているような違和感を覚え、かつ一文一文では意味を理解できるが前後の文脈との関連性を踏まえた文章としてみると矛盾を孕んでいて、最終的に何を言おうとしているのか掴みかねる部分がある。それは皆さんよく知っているであろうこの歌の冒頭部分の歌詞だ。

それは以下のようなものである。

  

栄光に向って走る あの列車に乗って行こう

はだしのままで飛び出して あの列車に乗って行こう

弱い者達が夕暮れ さらに弱い者をたたく

その音が響きわたれば ブルースは加速していく

 

見えない自由がほしくて

見えない銃を撃ちまくる

本当の声を聞かせておくれよ

 

「栄光に向かって走る」列車に乗って行こうと呼びかけた直後に出てくる一節が、「弱い者たちが」さらに弱い者を叩く。それぞれの言葉をなんとなく文字通りに受け取っていただけで、そこで言おうとしていることをおれは把握できていなかった。

ここの部分をなんとなく聞いていたために、おれはこの歌を取り違えていたのだ。

 

ちなみにこのTRAIN TRAINという歌の他の部分の歌詞というのは結構具体的なもので言葉の通りに受け取って伝わるものだと思うが、冒頭の部分をきちんと受け取れていないと、その他の部分のニュアンスも微妙に変わってきてしまう。

 

弱い者達が夕暮れ さらに弱い者をたたく

その音が響きわたれば ブルースは加速していく

 

なんでここにこんなフレーズが入るんだろうか。

ネットとかでその辺の解釈を調べてみたことがあるんだけど、いろいろな人がいろいろに考えているものを見てもやはりピンとこないというのがおれの正直な感想だった。

ブルースやその時代背景と絡めた視点、ゴールドラッシュに向かって列車に飛び乗った人々のアメリカンドリームと挫折、抑圧された黒人たちの哀しみから生まれるブルースといった要素がモチーフとして用いられているが、おれはそういった部分はこの歌の本質に関わるものではないように思える。

 

これは黒人たちの音楽、ブルースを歌った歌なのかな?

ちがうよ、今のおれたちの歌だ。と。

 

栄光っていうのは希望だったり夢だったり、何かを達成し成功させることでもたらされる肯定的な意味での目的を象徴する言葉。栄光に向かって走っていくその列車に乗って、本当の希望・幸福にたどり着く、ということを人は皆、それぞれのあり方のなかで目指している。

だが、そうなることは難しい。

そんな人間のままならないあり方を、そこから生まれる悲しみを歌うブルース。

 

栄光に向かって走っているはずなのに、弱いものは強いものに抗い乗り越えるのではなく、さらに弱い者を叩くことでしか自分を肯定できない。奴隷という立場に押し込められていたアメリカの黒人たちの間から生まれたブルースというモチーフにそんな人間のあり方が象徴されるかもしれないが、そんな社会的、制度的な縛りがなくても、何かしら戦っているつもりでいながら結局はさらに弱い者をたたくことしかできない…、そんな自分のあり方を直視できない人たちの世界が見えてくる。

弱いものを叩いて自分を肯定しても、そうやって向かっていった先に「栄光」はない。そんなやり方で何らかの目に見える成功であったり力を手にしてもそれは「栄光」ではない。。

 

栄光と近い意味で「自由」という言葉が配される。「銃」という言葉を掛けているので「自由」という言葉になったりするが、ここでは言葉の意味ではなくてそれが象徴するイメージを受け取ればいい。

そしてその自由は「見えない」。

栄光に(自由に)向かって走る列車に飛び乗っても、単純にそこにたどり着けるわけではないのだ。

そこ「向かって」走っているだけで、たどり着く保証などまったくないのである。

 

見えない自由が欲しくて、見えない銃を撃ちまくる。

極端に言えば、それは何が欲しいのか、どうすればいいのかわからないで足掻いている状況のことだ。そのような状況のなかで、「銃」を撃つということは他人と争い傷つけることでもあるのかも知れない。

でも人は皆、栄光に向かって走るあの列車に乗って行こうと、夢に、希望に、幸福に至りたいと願って生きているのだろう。。

 

栄光に向かって走る列車というのは、繁栄する未来を前提とした上昇志向といったものとも言えるだろう。それは繁栄=幸福を目指すものであるのに、結果的に競争を生み出し戦争を生み出す価値観でもある。目に見える栄光というものは敗者を前提とした勝利のことでもあるのだ。

栄光に向かって皆が走るとなれば、おのずと争いが生まれ弱いものがさらに弱いものを叩くという事態が生じる。

 

人と争うため、傷つけるために栄光を(自由を)求めるのではない。だがそこに向かおうとすることで人は争い、傷つけ、見えない銃を撃ちまくるはめになる。

そんな人のあり方、その根源的な悲しみがブルースの源なのだ。

人は幸せになろうと銃を打ちまくる。自由になろうとして銃を打ちまくる。

 

見えない自由がほしくて

見えない銃を撃ちまくる

本当の声を聞かせておくれよ

 

「本当の声」、本当に欲しいもの。それは…

 

ロマンチックな星空に あなたを抱きしめていたい

南風に吹かれながら シュールな夢を見ていたい

 

そんな単純な、素朴な幸福なのかもしれない。

 

そしてサビの部分。

 

TRAIN TRAIN 走って行け TRAIN TRAIN どこまでも

 

文字での表記は「走って行け」となっているが、実際にヒロトは「走って行く」と歌っているように聞こえる。

最初に見たときは単なる誤表記かと思ったが、この辺も実は興味深いところだ。意思を持って「行け」と願うのか、ただ事実を認識して「行く」と受け入れるのか。

これはおれは微妙にどちらの思いもあるのだと感じている。

なので、おれは実際に歌うときには「く」と「け」の間くらいの感じで発音しているのだが…

 

まあそれはいいとして。

以上からわかるように、この歌は単純に「栄光」向かう夢の列車を「走って行け」と応援している歌ではない。

「あなたが生きている今日」を全力で肯定する歌ではあるが、その素晴らしさ、その意味というのはやらしさも汚らしさも綯い交ぜになった、ぐちゃぐちゃの状態での全的なものであり、それらを乗せて走る列車を、ある種カオスのなかで迷走する列車を「どこまでも走って行け」と肯定し「走って行く」と受け入れる、そんな歌なのだとおれは感じたのである。

 

もちろんこれはメロディーに乗せる前提でつくられた詞だから、字面の意味だけで解釈できるものではない。言葉が喚起するビジュアルだったり、歌にする前提での言葉の選び方だったり、言葉の象徴するものからの連想や暗喩だったり、いろいろな要素が意識的であったり直感的であったりする感じで盛り込まれているものなのだと思うが。。

 

まあ、歌の解釈はこんな感じである。

 

正直この歌が流行っていた頃、おれはあまりブルーハーツのことが好きではなかった。今にして思えば、当時のおれはブルーハーツが嫌いだったのではなくて、ブルーハーツが好きだと言いいながら安全な場所に常に片足を置いて、そこに慰めを求めるだけで結局のところ何もしない人たちばかりの世の中に苛立っていたのだと思う。そしてそういう人たちにブルーハーツが受け入れられ崇められていることが気に入らなかったのだろう。「お前らに何がわかるんだ」とおれはいつも思っていた。 

ただ、本当にそんな人たちがいたのかと、今思うと疑問に感じなくもない。それはおれの若さやあまりパッとしない境遇から来る思い込みの部分も大いにあって、世間を斜に見ていただけのことだったとも思えるのであるが。

 

まあそんなこともあって、この頃のブルーハーツの歌は「青春応援ソング」みたいな感じだと断じてなんとなく毛嫌いし、ちゃんと聞いてなかっただけのようにも思える。

それにおれの解釈が正解というわけではないし、もっと違った受け取り方で聴くこともできるだろう。そして誰もがそこから自分に必要なものを受け取ればいいのだと思う。

ただ、おれはこんな感じで解釈した時に何か腑に落ちるものを感じてこの歌をもっと好きになった。

まあそれだけのことなのである。

 

だから何だといわないで。

以上。 (^ω^)

 

 

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TRAIN-TRAIN

 

THE BLUE HEARTS 作詞作曲:真島昌利

 

栄光に向って走る あの列車に乗って行こう

はだしのままで飛び出して あの列車に乗って行こう

弱い者達が夕暮れ さらに弱い者をたたく

その音が響きわたれば ブルースは加速していく

 

見えない自由がほしくて

見えない銃を撃ちまくる

本当の声を聞かせておくれよ

 

ここは天国じゃないんだ かと言って地獄でもない

いい奴ばかりじゃないけど 悪い奴ばかりでもない

ロマンチックな星空に あなたを抱きしめていたい

南風に吹かれながら シュールな夢を見ていたい

 

見えない自由がほしくて

見えない銃を撃ちまくる

本当の声を聞かせておくれよ

 

TRAIN TRAIN 走って行け TRAIN TRAIN どこまでも

TRAIN TRAIN 走って行け TRAIN TRAIN どこまでも

 

世界中にさだめられた どんな記念日なんかより

あなたが生きている今日は どんなにすばらしいだろう

世界中に建てられてる どんな記念碑なんかより

あなたが生きている今日は どんなに意味があるだろう

 

見えない自由がほしくて

見えない銃を撃ちまくる

本当の声を聞かせておくれよ

 

TRAIN TRAIN 走って行け TRAIN TRAIN どこまでも

TRAIN TRAIN 走って行け TRAIN TRAIN どこまでも

 

栄光に向って走る あの列車に乗って行こう

はだしのままで飛び出して あの列車に乗って行こう

土砂降りの痛みのなかを 傘もささず走っていく

いやらしさも汚ならしさも むきだしにして走ってく

 

聖者なんてなれないよ だけど生きてる方がいい

だから僕は歌うんだよ 精一杯でかい声で

 

見えない自由がほしくて

見えない銃を撃ちまくる

本当の声を聞かせておくれよ

 

TRAIN TRAIN 走って行け TRAIN TRAIN どこまでも

TRAIN TRAIN 走って行け TRAIN TRAIN どこまでも

  

TRAIN-TRAIN

TRAIN-TRAIN

 

 

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