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おれの山、おれの道

生半可なおっさんが主観的に山登りと人生を語るブログ

其の四 伊豆ヶ岳 2014/5/12

山行記録 秩父・奥武蔵

鍋割山の悲劇から8日後。都心へ向かう人々の通勤ラッシュがひと段落する朝9時過ぎ、おれは秩父方面へ向かう西武鉄道の車中にいた。

奥武蔵の伊豆ヶ岳に登るため、正丸駅へ向かっていたのだ。

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前回の登山で受けた体のダメージはほぼ回復していた。だがおれの心が、プライドが受けたダメージは時とともに回復できるようなものではなかった。

山で受けた傷の落とし前は山でつけるしかなかろう。

ということで自宅から手軽に日帰り出来そうなこの山を選んで出かけて来たのだった。

 

コースの概要はこんな感じ。

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<このコースは有馬・秩父・奥武蔵の山々をはじめ、晴れた日には関東平野を一望できる伊豆ヶ岳を中心とした全長約14.5kmの健脚向け自然歩道です。沿線には足腰の守り神として有名な子の権現や西川材で名高い杉檜の植林地帯また天目指峠・高畑山・古御岳・正丸峠といった尾根が続き、奥武蔵の自然を慕うハイカーが多数訪れるところです。>

前回のリベンジということもあり、なかなか歯応えのあるコースなのだ。 

 

今回は一人である。一人で山に出かけるというのは初めての経験だ。そもそも一人で山に登るなどということを自分がするとは思っていなかった。

登山経験のない人からすると、一人で山に登るという行為自体、少しハードルが上がるというか、ちょっとした違和感を感じるところがあるかもしれない。

おれ自身がまさにそんな感じで、前年の暮れに筑波山に登った時にも、一人で歩いているハイカーを見て、「この人は何を求めてこんなところを歩いているのか?」といった疑問を抱いたものだ。

 

今のおれが結論だけ言うと、一人で山を歩くというのは非常に充実した時間を過ごせる、楽しくて有意義な行為である。

だがこの日のおれは、前回の鍋割山で受けた屈辱を挽回すべく「一人でもおれは行くぜ」といった気分で平日の休みに朝から電車に飛び乗ったチャレンジャーであり、積極的にソロ登山を愉しむといったノリからは程遠い心境だった。

 

おれ自身はそもそも一人で行動するのは苦ではない類の人間だ。逆に集団で行動するのは苦手で、自分を曲げて周囲に同調するようなのは大の苦手だし、自分の考えよりも集団に収まることを優先する人の感覚がいまいち理解できない。

自分がやりたいと思うなら一人でとっととやればいいのであって、山にだって一人で行けばいいのだが、単純に「山というのはみんなで出かけるものだ」という固定観念に囚われていたのである。

 

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正丸駅に着いたのが10時過ぎ、諸々支度して歩き出したのが10時30分頃だ。

駅には熟年の4、5人の集団と、ガイドに連れられた7、8人くらいの比較的若い集団がいたが、これまでの山と比べるとかなり閑散とした感じだ。

まあ平日なので当然といえば当然のことだろう。

 

歩き出すとすぐに、駅のロータリーから急な階段を下る。幅が狭くて急なので、なかなか危なっかしい。少し前に降りて行った集団を率いるガイド氏が「今日のコースで一番危険だ」と笑いを取るネタになるほどの危うさだ

下りたところで線路をくぐり、正丸峠方面へしばらく舗道を歩く。さほど急な坂でもないが、以外と足の筋肉を使う感じだ。道沿いの川の流れやまばらに建ち並ぶ民家などを眺めつつしばらく行くと、左手に巨大な岩と、その脇に馬頭観音の小さな祠が建っている。

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@道路沿いの小川と馬頭観音の祠

 

 そこで祠の側に折れたところから登山道が始まる。山の神に軽く挨拶し、小川に沿って緩やかに登っていく。

30分ほど歩き、小川が沢となりその水がさらに細くなってくると、道は踏み跡程度の見分けにくい感じになってくる。ところどことにぶら下がる目印のテープを頼りに確認しながら進む。休憩しているガイド付きの集団を追い越し、調子に乗って先を急ぐと、程なくして急な山肌を直登するような開けた斜面に至る。

滑りやすい赤土が露出した斜面はどこが道なのかはっきりしないが、木々の間隔が広く視界もいいので、あまり気にせず先に見える尾根を目指して登っていく。 

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 一度尾根に出ると、そこからは山頂まで稜線伝いに登っていく感じになる。この辺りは南面が植林、北面はブナやらナラやらの雑木林になっている場所が多く、ここでも稜線に出ると右と左で植生がくっきりと別れている。まあ南面の日当たりのよいところで植林を育てることを考えれば、それはここに限らないことなのかもしれないが。 

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木々の間の稜線を少し行くと、程なく視界が開ける。同時に勾配がきつくなり、足元は岩交じりのガレ場となる。右手に秩父の山並みを眺めつつ、開放的ないい気分で一気に高度を上げていくと、伊豆ヶ岳手前の小ピーク、五輪山に出る。平らに整地された、小学校の教室ほどの山頂にはいくつかベンチなどが並んでいるが、足を止めることもせず先に向かう。

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 五輪山から一旦下って登り返せば伊豆ヶ岳の山頂となるが、その手前で道は二手に分かれる。一方は比較的緩やかな「女坂」。そしてもう一方は今回の山の一つの目玉、長い鎖場のある「男坂」だ。

この「男坂女坂」という呼称は山道においては一般名詞的な言葉のようで、各地の山で険しい方を男坂、その道を巻いて(迂回して)同じ地点に至る道を女坂と呼んでいる。

 

伊豆ヶ岳の男坂は50メートル程の岩場を鎖を頼りに登るルートだ。岩が脆く落石の恐れがあるとのことで、この1年ほど前から通行禁止となっている。禁止と言っても閉鎖されているわけでもなく、要するに登るなら自己責任でということらしい。ちなみに女坂も崩落のため通行不可とのことで、正規のルートは二つの坂の間に新たに設けられているようだ。

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「落石注意」や「自己責任」を警告する看板を超え、ガレ場を登ると、巨大な岩の壁が目の前に立ちはだかる。見上げるとなかなかの迫力だ。

これまでの登山では鎖場の経験は無い。気分が高まると同時に緊張が走る。前にも後ろにも人はいないので、ひとまず落石を恐れることはなさそうだが、手掛かりの少ない滑りやすそうな一枚岩なのでその点は気をつけた方が良さそうだ。

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登山の本などでとってつけた情報によると、鎖場ではなるべく鎖に頼らず、三点支持を基本に鎖は補助程度に考えろとのことだが、ここではある程度鎖に体重を預ける必要があるようだ。鎖は極太のしっかりしたものなので、弛みに気をつければその点は大丈夫だろう。

結局5分程で登りきった。

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この時は何せ初めてだったもので、緊張もあり鎖の使い方も試行錯誤だし、途中で変なルートをとって本来通らなくていいはずの危なっかしいところを乗り越えたりとなかなかスリリングな経験となったが、落石さえ注意すればこの男坂は適度なスリルを味わえる愉しい登山のアクセントと言える感じの鎖場である。

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鎖場を超え、最後の岩場を通過すると、程なく伊豆ヶ岳の山頂。

到着したのは12時過ぎ、2時間弱の行程だった。道に沿って細長く広がる小広い山頂では数組の登山者が思い思いに昼の休憩を取っている。

おれも今回は少し山頂気分を味わってやろうとガスバーナーとカップヌードル、コーヒーを持参してきていた。

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山頂で食べるカップヌードルは平地の5割増しの美味さだった。

 

しばしの休憩の後出発。この先は古御岳、高畑山と2つのピークを超えて天目指峠、さらに子の権現に至る長い縦走路となる。そこからさらにゴールとなる吾野駅までを見ると、地図の上ではここまでのざっと3倍ほどの距離が残っている。

 

子の権現まではただただ歩いた、という感じだ。後から歩いてきた同年代と思しき男性3人組のハイカーと抜きつ抜かれつ、休憩のたびに追いついて2、3言葉を交わしたりしたものの、基本的に一人、前にも後ろにも誰もいない道だ。

この辺りには近くを通る林道などもなく、意外に山深い。人もほとんど目につかず、木々と静寂に囲まれたトレイルをアップダウンを繰り返しながらただひたすらに歩く。単調な景色の中を足元に集中しながら黙々と歩くうちに、心にこびりついた垢がこそげ落ちていき、解放された意識が自由に漂い始める。

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おれは何を望んでここにいるのか?

そんな問いがふと頭をかすめるが、すぐにどうでもいいのだと思い至る。ただ、自分がここにいるということを自然に、心地よく感じる。

無意味さ、無根拠さに酔いつつ、自然と対峙し、かつ同化する己の存在を強く実感する。

まさに沢庵禅師の悟りの境地。

…といきたいところだが、しばらく歩いているうちに前回やられた左膝が疼き始めてきたのだった。

悟りどころではない厳しい現実に、ここから再び向き合う羽目に…

 

伊豆ヶ岳から先の縦走路は山深くてとてもいい感じなのだが、そのためエスケープルートがない。前回の鍋割山の雪辱を果たしたいあまり、それに匹敵する健脚コースを選んでいたのだ。まだ行程の半分くらいの距離が残っている。

 

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@何故か道の向こうに巨大な手が転がっていた

 

前回あれほど痛い目にあったのに、と思われる向きもあるかもしれないが、おれにはそれなりに自信の裏付けとなるトレーニング理論があった。

筋肉は一旦痛めつけて回復する過程で鍛えられるものである。よって効果的なトレーニングは限界まで体を痛めつけて、回復するまで休ませることであり、その過程で身体はその時受けたダメージに対応できるように成長するはずだ。前回の鍋割山からここに至るところでひとサイクル強烈に焼きを入れたのだから、当然山歩きなど余裕にこなせるように強化されていると思っていた。

が、甘かったようである。一度で鍛えられる量には限りがあるのだろう。多少は鍛えられたのだろうが、今回の健脚コースにはまだ足りなかったようだ。

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@天目指峠付近にて。かなりヘロヘロな状態。

 

というわけでここから先の道のりは長く厳しいものになった。

ザックを代わりに背負ってくれるヨメも、声援をくれるムスメもいない孤独な山行。その道半ばにして再び膝の痛みだけが、おれの孤独な旅の道連れとなったのだ。

さらに窮状に追い討ちをかけるように、水も残り少なくなってきた…

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@子の権現の仁王像と浅見茶屋。どちらも風情があって良いが、それどころではなく素通り…

 

まあそんな次第で子の権現にたどり着く頃にはかなりボロボロの状態になっていた。自販機があったので水は補給できたが、ここから先も結構な距離がある。大幅に遅れたため、うどんかアイスクリームでも食おうかと思っていた浅見茶屋も当然素通り。日も沈みかけた17時過ぎに吾野駅にたどり着いたときには前回の二の舞のような状態になっていた…

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というわけでおれのお一人様登山のデビュー戦は、雪辱どころか返り討ちといった感じのなかなかほろ苦いものとなったのだった。

 

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