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おれの山、おれの道

生半可なおっさんが主観的に山登りと人生を語るブログ

其の参 鍋割山 2014/5/4

山行記録 親子登山

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今回は、ついに本格登山デビューとなる鍋割山である。「本格登山」といってもあくまで素人目線からであり、経験者からすればハイキングに毛の生えた程度のコースなのかもしれないが、少なくともこの時は、満を持しての40過ぎの登山デビューという絵に描いたような中年からの事始め的な状況であり、おれの意気込みは並々ならぬものであったのだ…

 

ゴールデンウィーク。藤沢にあるヨメの実家から6時前に出発するという前のめりなまでの気合いの入れようだ。まあ登山をする者にとっては当たり前の時間だが、夜型人間として人生の大半を過ごしてきたおれにとっては、小学校の夏休みにクワガタ採りに出かけた以来の新鮮な経験である。

所々渋滞などあり、意外とかかって2時間弱、登山の拠点となる大倉のビジターセンターに到着したのは8時より少し前だった。

 

ビジターセンターには広い駐車場があるはずだが、着いた時は道に車の長い列ができており、一瞬去年の大山の二の舞いかと嫌な予感が過るが、単に駐車場が開くのが8時からというだけのことで、程なく開いたゲートをくぐり、余裕を持って停めることができた。

さすがにGWだけあって人出は多く、準備をしているうちに駐車場はどんどん埋まっていく。早めに出て来たのは正解だったようだ。

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諸々準備を済ませ、行列のトイレに並んで用を足し、登山道に向けて歩き出したのが8時半頃。

今回は下のムスメを実家に置いてきたので、ヨメと小学二年のムスメを連れの山行となる。大倉を起点に二俣の先まで林道を行き、そこから登って鍋割山、小丸、塔ノ岳を巡り大倉尾根を下りてくるという17~18km程はあるコースを歩く予定だ。

ヨメは体力的に全く問題ないだろうが上のムスメは未知数。これだけのコースを歩かせるのは初めてなので、無理がありそうなら途中で戻るなり山小屋に泊まるなり考えなければならないが、まあその辺の脳内シミュレーションは十分重ねているので何とかなるだろう。

 

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西山林道は川沿いに続く平坦な道で、ウォーミングアップに丁度いい。スタートしてから5~6kmはのんびりとした心地の良い林道歩きだ。しばらく進み二俣を過ぎた辺りからは、なんとなく上高地梓川なんかを思わせるようないい感じの風情があり、山歩きのテンションも上がってくる。

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スタートから1時間半くらいで林道の終点。本格的な登山道に入ると急な登りが始まる。

そしてそこから山頂まで、ひたすら続いたと思われる登りのことが、実のところほとんど記憶にない…

まあこれを書いている現在はそれから1年半以上経過しているので全部覚えていようはずもないが、ここらあたりの記憶が極端に少ないのは、うつむき加減でうんざりしながら黙々と辛い登りに勤しんでいたからということもあるが、それよりも、その後のもっと辛い状況の記憶のせいで印象が薄れてしまったからだろうと思われる。

 

ムスメが延々終わらぬ登りに文句を言い出し、こっちもヘロヘロになりながら「しょうがねぇだろーが!」と怒鳴りつけたりしていたような、そんなおぼろげな記憶があるくらいのものだが、写真で見る限りでは、沢伝いから軽い岩場を上がっていき、新緑の映える尾根を行くこの辺りの風情はなかなかに良さげだ。

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 登りに嫌気がさし半ベソのムスメ、意気込みだけで内心ヘロヘロの親父、ジーンズ履きで余裕のヨメ。すれ違う登山者の方々から「頑張って」とか「もう少しよ」とか励まされつつ歩き続け、山頂に立ったのは正午を少し回った頃だった。

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人でごった返した山頂は腰を下ろすのも覚束ぬ感じで、鍋焼きうどんの鍋割山荘には30分待ちの行列ができている。

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行列が苦手なおれはそれを見た途端に鍋焼きうどんを諦めにかかるが「ここまできてそれはありえない」というヨメに押し切られ、粛々と待つこと30分。

やっとありついた鍋焼きうどんは、評判に違わぬ美味いものだった。

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天気の良い山頂からは富士山も望まれ、温かな日差しが降り注ぐなか、腹が満たされ体が緩む。緊張がほぐれ、アドレナリンが引いていくと、身体のダメージが俄然意識されてくる。

ムスメを叱咤激励する手前、ヘロヘロになりながらも極力それを隠し、必要以上に張りきって登ってきたおれの脚にはかなりの疲労が蓄積しているようだった。

暫しの休息の後、食べ終わった鍋焼きうどんの器を返すべく立ち上がったおれの脚は思った以上に重く、左膝には微かならも明らかな違和感がある。

このまま歩き続けたら膝を傷めてしまうかもしれない。そう判断したおれは、土鍋を返して戻るとヨメに告げた。

「今日は塔ノ岳まで行って、山小屋に泊るとしようぜ」

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今回の山行では山小屋泊も視野に入れていた。

丹沢の山域は鍋割山荘や塔ノ岳の尊仏山荘など、山小屋が充実していることでも知られている。

ゴールデンウィークだし日程にも余裕があるので、実際に行ってみて現地の状況を確認して泊まってもいいと判断した場合には、宿泊できる準備をしてきていた。

満天の星空の下、眼下に広がる街の夜景でも眺めてみるのもよかろうと、ヨメも珍しく乗り気だった。下のムスメを置いてきたヨメの実家にもその旨話を通してあるので、その点も問題ない(尊仏山荘が予約無しで泊まれるかどうか、この時はあまり考えていなかった。本来は事前に連絡するのが望ましいようである)。

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初めての本格的な登山だし、無理をして身体を壊しても馬鹿らしい。それよりも折角のGWのレジャーなのだし山小屋泊を経験してみるのも一興だろう。

だが、ヨメから返ってきた言葉は思いもよらぬものだった。

 

「ムリ」

 

「え? 」

「山小屋はムリ」

「な、何で?」

確かにこの人出では山小屋は混雑し、狭いところに雑魚寝する羽目になるかも知れない。だがゴールデンウィークに出かけてきているのだからその辺は承知の上だろう…

不審がるおれに、ヨメが言った。

「トイレの後に手を洗えないのとかが、ちょっとムリ」

 

鍋割山も塔ノ岳も山頂付近には水場が無く、山小屋では水の確保が一苦労のようだ。鍋割山荘では登山道の入り口に置いてあるペットボトルの水を登山者がボランティアで運ぶシステムを構築するなど、基本的に水は麓から運び上げているようだし、尊仏山荘では徒歩で20分ほどかかる水場から運んでいるらしい。

よって日本の生活では当たり前の、蛇口をひねれば水がいくらでも出てくるという感覚は当然通用しない。手を洗うどころか用を足した後に使ったトイレットペーパーも持ち帰るルールになっているという…

 

もちろんそんなことはズボラなおれよりも、万事抜かりないヨメの方が事前に詳しく調べて承知していたことなのだが、それでもおれが鍋焼きうどんの列に並んでいる間に入ったバイオトイレでヨメは俄かにショックを受けたようだった。

「紙が流せないのはまだしも、トイレの後に手を洗えないのは本当にムリ。身体中に臭いが付いている状況で物を食べるのとかもかなりムリ。それで寝るとかありえない」

水洗式のトイレに慣れた者には少々臭いのキツいバイオトイレ。まあそのディティールはここに記すまでもないが、その臭いが身体中にまとわりついたイメージにヨメは参っているらしい。

おれとしては全く共感することができない話であるが、それが如何に愚かな文明人の潔癖性的価値観に毒された考えかと説いたところでもはや一度取り憑いたイメージを覆すことはできなかった。

「でも、おれ、脚がちょっとヤバイそうなんだよね…」

と、仕方なく白状しても「でも泊まるのはムリ。お風呂に入りたい」とにべもない。

「おい、おまえの風呂とおれの脚と…」

なおもすがるおれの言葉を遮るように、ヨメが言う。

「ゴメン、ムリだから」

そこにはちょっとは申し訳なさそうな振りをしつつも、頑として譲るつもりは無いという鉄の女の意思がこもっていた。

 

鍋割山からの主な下山コースは3つ。

来た道を戻るか、塔ノ岳へ向かう途中の小丸尾根か、塔ノ岳手前で分岐する大倉尾根か。

来た道を戻るつもりはないので、小丸尾根か大倉尾根かという選択になる。

小丸尾根コースは比較的短い距離を一気に下り、最初に歩いた西山林道の二俣に出たら、あとはしばらく平坦な林道を歩いて帰る道。

大倉尾根は塔ノ岳手前の「金冷し」から大倉まで真っ直ぐ続く。俗に「バカ尾根」と呼ばれ、ダラダラと登り下りを繰り返しながら降りていく長くてキツい尾根道である。小丸尾根よりも遠回りになるが塔ノ岳まで行くのであればこちらから下ることになる。

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状況から考えればより負担の少ない小丸尾根から降りるべきだった。が、おれは大倉尾根を選んだ。

何故かといえば、此の期に及んで山小屋泊を諦めきれないおれは、塔ノ岳に向かう道すがらヨメを説得しようと考え、また見晴らしのいい山頂に立てばヨメの気も変わるかもしれないという淡い希望を捨てきれなかったのである。

そしてその目論見は、見事に裏目に出た。

 

山頂から鍋割山稜側に下り始めた直後から、脚が相当ヤバイことが実感され始め、しばらく歩くうちに正常な歩行が徐々に難しくなってくる。平坦な道はさほど問題ないのだが、登りでは疲労を強く感じるようになり、下りとなると明らかに左膝を庇わなければならない。

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一旦下ってまた登り、小丸尾根への分岐へ出る。

「ここから降りた方が近いんじゃない?」

おれの脚の状態に気づき、徐々に気遣い始めたヨメが地図をチェックして言うが、上から見ると急坂の下りがキツそうなので降りる気にならず。

「いや、もうちょっと脚を伸ばして、降りるなら向こうの尾根から降りよう」

 

実際そこに立つと厳しさがわかる道も、遠くから見ると楽勝な感じに見えるものだ。その時のおれには目の前の小丸尾根よりも向こうの大倉尾根の方が楽な感じに見えた。富士山なども何も知らずに遠くから見ると、あのなだらかな稜線をトコトコと直登していけば簡単に頂上に立てるよう見えるものである。

そうやって引き際を誤ってズルズルとはまり込んでいく感じが、今振り返って見ると小気味よく思えるくらいだが、この時のおれは表面ではなるべく平静を装いつつ、心の中ににじみ出る脂汗を感じながらギリギリの選択をしていたのだ。

一縷の望みはおれの窮状を察したヨメが方針を変更してくれることだ。

だがヨメはそこだけは譲る気がないようだった。

 

二俣分岐からコースタイムで30分(実際に何分で歩いたかは定かでないが)、塔ノ岳へ向かう登りと大倉尾根に向かう分岐点「金冷し」についた時点で、山頂まで登る道を選ぶだけの余裕はもはやおれにはなかった。

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そこで山小屋に泊まれる望みも、ここに至るまでのヨメとのやり取りで潰えていた。登って降りればそれだけ脚のダメージが大きくなるだけである。600メートル先の山頂を断念し、もはや残された道は大倉尾根を下るのみ。

だがここから見ると下るはずの道は一旦下ったあと大きく登り返すように見える…

 

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これまでの道中、何枚もの写真を撮ってきた。だが、この先に少し進んだ大倉尾根の最大の撮影スポット(よく雑誌なんかで使われている)で撮ったのを最後に、写真はほぼ途絶えている。

トレッキングポールを両手に握りしめ、痛む膝を庇いながら、やっとの思いで一歩一歩進むおれに、もはやそんな余裕はなかったのである。

写真は「ほぼ」途絶えていると書いたのは、大倉尾根の道中で一枚だけ撮った写真が残っているからだ。

その写真はこの尾根の行程のちょうど半分あたりにある駒止茶屋で撮影されたもので、そこにはもはや他の登山者の姿も無く、日も落ちかけてあたりは薄暗い。

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下りなんだから、ただ降りていけばいいものを、大倉尾根の道は下っては登り返してといった上下動を繰り返しながら徐々に高度を下げていく。

途中の長い階段を杖を頼りに一歩一歩降りているあたりで最後の登山者が追い抜いて行ってからは、他の登山者の姿も見えなくなった。

先を歩いて姿が見えなくなったムスメとヨメは、時々脚を止めておれの姿を確認するように待っている。

 

「お父さん、がんばってー!」

ムスメの声援が、打ちのめされてささくれたおれの心を逆なでする。

「うるせぇ、とっとと先に行きやがれ!」

と遠くから怒鳴る声を確認し、二人はまた歩き出す。

心配して待っているヨメが労わるそぶりを見せようものなら、

「心配する気があるなら、無理な下山を強行するんじゃねえ!」

とキレる。

「今のお父さんには触らない方がいいよ」

というヨメが腹の中で笑いをこらえているのが垣間見える。

それらの振る舞いの全てが腹立たしい。

 

ヨメの荷物をムスメが背負い、おれの荷物はヨメが背負い、おれは徐々に暗くなっていく道を、杖(トレッキングポール)にもたれ、痛む足を庇いながら一歩一歩、ゆっくりと歩き続けた。

 

大倉のビジターセンターに着く頃にはすっかり日も沈み、駐車場のゲートも閉まりかけていた。

おれのこの日にかけた意気込みは、親として男としてのささやかなプライドとともに微塵に打ち砕かれた。

だがそのことが、この後のおれの山への傾倒への引き金になるという、記念すべき皮肉というか屈辱的な経験を味あわせてくれた丹沢の鍋割山、そして大倉尾根… 

張り切りお父さんのゴールデンウィークの山デビューはこうして幕を閉じたのだった。

 

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