おれの山、おれの道

生半可なおっさんが主観的に山登りと人生を語るブログ

2002年・夏のツーリング/東京→那須→富山

バイクの免許を取ったのは30歳を過ぎてから。

当時は都心に住んでいたので車が持てなかったこともあり、それまで手を伸ばす機を逸していたバイクに遅ればせながら手を出してみた感じだった。
日常や仕事の足として、時には旅の道連れとして、その頃のおれにとっては欠かせない相棒だったバイクだが、子供が生まれて色々あって降りてから、かれこれ6〜7年は遠ざかってしまっている。
f:id:yoshixim:20160511230910j:plain

で、先日なんとなくバイクもいいなと昔のことを思い出してたら、免許取りたての頃のツーリングレポートが出てきた。

あったことをだらだらと書き記しただけの長ったらしいレポートで、変な気負いやら気取りやらが鼻に付くが、なんか懐かしく微笑ましい感じなので、地図と当時の写真を添えてこの場においておこうと思う。
 
オチもなくムダに長いのでおヒマなときにでも。
 
--------以下本編--------------------------------
 
夏休みには旅をする。

日本の由緒正しい習慣だが、おれもご他聞に漏れず旅に出た。

前回のバイクの旅は原チャリだったが、今回は400cc。

スケールのでかい旅になりそうだ。

 

本当は北海道の宗谷岬でも目指してやろうかと思っていたが、諸般の事情により目的地は富山県に変更。

その前にあるつてにより別荘が借りれたので那須に寄ることにした。

友人の佐藤が那須まで同行する。佐藤にとっては初ツーリング。まあおれも似たようなもんだが。

で、那須から先は気ままなひとり旅の予定。

 

何故富山かっていうと、単身赴任中の親父に会って「男同士の話」をするのが目的だ。

親父はこの夏で会社を辞めるらしい。

定年なんだかリストラなんだかはっきりしないが、経済的には老後は安心だという。

だが、そんなことじゃなく、親父が今後男としてどう生きていこうとしているのか、本音の話を聞いておかなければ息子としては安心できない。

 

正直いって今まで親父とおれは大人同士として話したことがなかった。

未だ親と子といった関係から脱皮していないのだ。

まあそのへんちょっと進歩してみようかという、そんな感じの夏の旅。

まあ親父も会社やめるってのに家族もいないんじゃ悲しかろうと、そんな親孝行も兼ねるというひとりよがりもある。

 

いずれにせよ、それは一応の目的地を定めるための理由であって、旅の本来の目的は旅自体にある。

そんな感じで行ってみようか。

 

 

1日目

 

f:id:yoshixim:20160511230827p:plain

待ち合わせは11時前に池袋六股交差点付近で。珍しくおれが後に着いた。

目の前のラーメン屋が準備中から営業中に変わったのですかさずそこでブランチ。要するに時刻は11時ちょうどってわけだ。

食ったのは味噌ラーメン650円。中華鍋で炒めた野菜にスープをぶっ込むタンメン風。味はそこそこ。テレビでは高校野球。甲子園では今日も球児達の熱いドラマが繰り広げられている。

 

明治通りから122号を経て浦和インターから東北道。とりあえず最初のパーキングエリアで落ち合うことに決めて各自北上する。

天気は上々、快調に飛ばし、15分程度で蓮田パーキングに到着。少し遅れて佐藤も到着。懸念されたバイクの調子もとりあえずはOKとのこと。

 

免許とりたての佐藤。買って間もない15年落ちのVTZ250で初めての高速走行。とりあえず当初の懸念は払拭された。案内所でロードマップ(無料)を入手。

佐野サービスエリアで落ち合うことにして再び北へ。佐野を出てから宇都宮に掛けての渋滞は路肩を走り抜け、途中の待避所で休んだ後、矢板インターで高速を降りる。通行料金は2600円。

 f:id:yoshixim:20160511230905j:plain

 

14:30矢板那須線沿いのスタンドで給油。8.4リッターで856円。ここまでの走行距離は約150km。トリップメーターをリセットし、再び走り出すとしばらくして雨が降り始める。

15:30雨足が次第に強くなり、スーパーの脇にバイクを停めて合羽を着込む。佐藤が近くのコンビニで合羽を買ってきたが、開けてみると中途半端なコートみたいなやつだった(爆笑)。

雨具をマントのようになびかせながら佐藤が走る(大爆笑)。

 

16時頃に別荘着。全身雨でどろどろ。グローブの染料が付着し手が真っ黒になっていた。電気、ガス、水道を開き、台所に置いてあったインスタントみそ汁を飲んで、それから風呂に入る。

風呂あがり、テレビを見ながら冷蔵庫にあった冷えていない缶ビールを飲み、呆けているうちに日も沈む。体力は十分余っている感じ。眠くならないうちに買い出しに出かける。

f:id:yoshixim:20160512165528j:plain

歩いて出たが予想以上に遠く、虫の攻撃に耐えかねてバイクを取りに戻る。

コンビニ(のようなもの)でビール、つまみ、朝食用にカップラーメンと蚊取り線香、単三乾電池4本(デジカメ用)を購入。

「バーベキューを食おう」と意見が一致したので、コンビニで得た情報に基づき「南ヶ丘牧場」に向かう。

ジンギスカンと生ビールを堪能し(締めて5000円ちょい)、遊び場を求めてハイランドパーク付近へ。ビリヤードがやりたかったのだが電話帳で調べたところ、近場にはない様子だった。

 

ふと通りすがりにテニスコートの照明がついていたので聞いてみると使えるとのこと。「やるか?」「いいね」といつものノリ。「お互いに繋ぐことをこころがけようぜ」と始めるが、次第にエキサイトし20分ぐらいでへとへとに。その後もだらだらと続くが雨が降り出したので1時間を待たずに切り上げる。ラケット代とコート使用料で3000円の出費。

 

別荘に戻ってテレビを見ながらビール。室内の明かりに向かって外から虫が集まってくる。ミヤマクワガタなんかもいた。ガキの頃の憧れの虫だったので捕まえてみるものの、どうやって遊べばいいのか大人になったおれにはわからなかった。早々に逃がしてやる。虫と言えば、天井から降ってきた虫に驚いた佐藤の絶叫は凄かった。

 

ビールはエビス。つまみはカールとチップスター。普段見ないテレビが新鮮で良い。久米ヒロシと筑紫哲也を見てNHKのドキュメントを2本。普段は短大で教鞭を執るDJが趣味の31歳の女性が渋谷区宇田川町に出店したアナログレコード屋の経営に奮闘してるという話と、広島の原爆関連の話。とても興味深いものだった。

朝飯用のカップヌードルも食ってしまい、やることも無くなったところで1時過ぎに就寝。

 

 

2日目

 

f:id:yoshixim:20160511230828p:plain

9時過ぎに起床し、コーヒー飲んでシャワー浴びてだらだら過ごし、11時頃に出発。

板室温泉から山を越えて田島に出る道が地図上にあったので、とりあえずそのへんを目指す。

 

途中雨に降られ、雨宿りを兼ねて「乙女の滝」の茶屋みたいなところで昼食。田舎娘風の店員にお勧めを聞くと「そばかうどん」とのことだったのでおれは「鰻丼セット(そば)」佐藤は同じもののうどんバージョン。田舎娘のはにかみがちな笑顔も可愛いし、そばも美味かった。鰻丼は普通。で1100円。

 

f:id:yoshixim:20160511230908j:plain f:id:yoshixim:20160512165529j:plain

食い終わる頃にちょうど雨が止み、途中道を間違えながらも板室温泉から山へ向かう。途中にあった深山ダムでしばし休憩後、さらに奥地へ。ダムを越えた辺りで舗装が無くなり、道の状態がだんだんやばくなる。不安になって途中で車を停めてる人に聞いてみる。

「この道って、田島にぬけられるんですよね?」

「いや、車はこの先で行き止まりだったけど‥‥、バイクなら行けるんじゃない?」

なんでも昔は使われてたらしいが、今はほとんど使わない道らしい。一応田島まで続いてるはずだというおっさんの言葉を信じて先へと進む。

 

が、行けども道は酷くなるばかり。さっきのおっさんがカーナビで確認してくれたところこの先は「極悪路」ということだ。きっとこへんがその「極悪路」で、ここを切り抜ければまともな道に出るに違いないと自分に言い聞かせ、悲鳴を上げるバイクに鞭を打つ。

400cc4気筒のゼファーで低速山登りはエンジンにかなり悪影響を及ぼすらしく、途中でエンジンが止まる。が、無理矢理3000回転以上をキープして強引に進む。

 

 f:id:yoshixim:20160511230909j:plain f:id:yoshixim:20160511230912j:plain

道の分岐点に「熊出没注意!」の看板。それでも進む。左は原生林の生い茂る断崖。水たまりでタイヤをとられようものなら谷底に一直線だ。全身を冷たい汗で冷やしつつそれでも進む。が、タイヤが半分くらい水没するような水たまりをバンジージャンプばりに腹括って2つ越えたところで先の道を見て愕然とする。

道っつーか沢じゃねーか。

f:id:yoshixim:20160512165914j:plain f:id:yoshixim:20160512165530j:plain

 

敢えなく撤退。再び水たまりを2つ越え、「熊出没注意!」の看板を眺め、ダムを越える。そのまま道を下り、昨日雨宿りしたスーパーのある交差点で佐藤とお別れ。

奴は東京へ、おれは富山へ。

 

塩原に向かう前に給油。7リッターちょうどで750円。スタンドを出たとところで何故か別の道に向かったはずの佐藤が見える。向こうも気付いた様子でお互いに手をふりつつ、自分の道へ向かう。

国道400号、塩原に入ってすぐに雨。合羽を着込んで先へ。

 

国道121号。雨が止み道ばたのパーキングで合羽を脱いでいると、学生らしき二人連れが話しかけてくる。おれとおなじ練馬ナンバー。これから一ヶ月掛けて日本中をまわるとのことで、とりあえず北海道を目指しているという。ぼろぼろの旧車と250スクーター。スクーターはいいとして、あんなバイクで1ヶ月も走り続けるつもりなのか?

しかし他人の心配をしている場合ではない。変な道に迷い込んだおかげで時間がかなりおして来ている。すでに15時過ぎ。巻いていかねば。

 

で、早々に出立。田島の手前で352号へ。沼田街道と地図に記されたその道をひとまず尾瀬方面へ向かう。2000メートル級の山の間を抜ける一本道だ。

しかし地獄の入り口ってのはなかなか見分けがつかないものである。何も知らないおれはひとまず晴れた空の下、自然のなかを爽快に走り抜けていくのだが‥‥。

 

再び雲行きの怪しくなる空。やがてまた雨。山また山を越え、とりあえず尾瀬まで着けば後は下るだけと考えていたおれが甘かった。

尾瀬に着いたのが17時頃。しばらく行くとオートキャンプ場があり、何故かおれに両手を振っている女がいる。軽く挨拶をして止まることなく先へ。だがすぐに手を振っていた意味が分かる。ここから先は夜間及び雨天時通行止めの道、さらに2輪は通行禁止(!)。

 

田島の手前からここまでの道のり2時間。目的地は富山。バイクを停めて地図を広げてみると‥‥ 山を抜けるまでで今まで来た道のりよりもこの先のほうが長いじゃねえか。ざっと1.5倍はある。だからって引き返すわけには行かない。他に道はないのだ…

道路案内には銀山平30㎞、小出インター70㎞とある。

 

ここから先はずっと雨。落石注意、路肩崩壊注意、熊出没注意と立て続けに出てくる看板。奥只見湖に沿って続く道は行けども行けども山また山。辺りが次第に暗くなっていくなか、あの峠を越えればと思って先を急ぐが越えた峠の先は山しか見えない‥‥ そんなことを何度繰り返したことか。

 

雨足は次第に強くなり、行く手の空に稲光が走る。

山から出る水を流すために道を横切るようにえぐられたところが何カ所もあり、川みたいに水が流れていく。通る度に水しぶきがあがり、靴の中もぐしょぐしょだ。すれ違う車もまばらで、途中からは完全に途絶えた。人が住んでる気配などまるでない。

 

遭難‥‥、結構しゃれにならなくなってきた。小便する時間も惜しいので我慢してただただ走り続ける。

 

かなり危機的な状況のため、アドレナリンが大量に分泌され脳味噌も体も機械のようになってくる。やばいという思いは常にあるが、やがて恐怖も感じなくなる。気がつくとおれは奥田民夫の「さすらい」や「ど根性ガエル」のエンディングテーマ(ど根性でヤンス!)などを絶叫するように歌いながら、たぶん顔には笑みを浮かべていたと思う。

 

やがて銀山平に着くころには日もすっかり沈んでいた。雨はかなり豪雨。銀山平なんていっても何もない。休めそうな場所は道の脇のチェーン脱着所とそれに面した公衆便所ぐらいのものだ。

 

公衆便所で雨宿りしていると、釣り人風の男が二人やってきた。彼らはここで帰り支度をして車でどっかに行くようだ。

情報がほしいのと、とにかく誰かと話したかったので話しかけてみるが、なぜかえらく冷たい。ここまでのおれの苦労話になど興味も示しそうになかったので、とりあえずこの先の状況だけ聞いてみる。

 

「しばらくいくとスキー場のロッジみたいのがありますよ」

それを信じてさらに進むが、ロッジはあるものの灯りなんぞひとつも付いてない。

ここから小出インターまで40km。あとで聞いた話によると銀山平から真っ直ぐに降りていける「シルバーライン」なる道(しかもトンネル)があったらしいのだが、それにも気付かずさらに山道を枝折峠へと。

 

ただ走り続けた記憶しかないが、峠を越えた辺りで雨足が弱まり、さらに嬉しいことに微かな街の灯りが見えた。

ちょっと胸にこみ上げるものを覚えつつ進む。実はほとんど記憶にないこの道のりが一番の難所だとあとで聞いた。

 

◼︎このルートの詳細。ご参考までに…

この道は「樹海ライン」と呼ばれたりもするらしく、通ること自体がネタになるような酷道ということらしい。

 

山を抜ける手前にいくつか温泉場がある。

大湯温泉着は19時30分。いつもならまだ仕事してる時間だが、山の夜は異常なくらい早い。真夜中にたどり着いたような気分だ。

満タンで余裕だと思っていたガソリンも残りわずか。

 

携帯が繋がったので富山で待つ親父に電話する。ふだん大して話もしない親父だが、とにかく人と話したかったおれは今の状況とこれまでの苦労を延々と話す。親父によればここから高速に乗って富山まで3時間程度とのこと。

 

行けるか‥‥、行くぜ!

と出発したところで急に土砂降りの雨。雷もかなり近い。旅館の灯りが見えたので、そのままそこにしけ込むことにする。

 

ボロボロのおれを快く迎えてくれたのは保栄館という旅館の女将。濡れた衣類を洗濯して乾かしてくれた。

飯は終わったとのことで、近所の居酒屋を教えてもらう。宿泊代は朝食付きで6000円。なかなか風情のあるいい感じの宿だ。*1

 

 

荷物を置き温泉に浸かり、やっと人心地ついていると、いきなりかなり近いところで雷鳴が。一瞬真っ暗になる。

近くで湯に浸かっていた兄ちゃんと目があう。「落ちましたね」「そうですね」

 

で、飯を食いに居酒屋へ。客はおれひとり。めちゃめちゃ人の良さそうな店主に今日の出来事をぶちまける。店主はおれの無謀な行為に大層驚いていた。この辺から会津に抜けるときにも、おれが来た道を通ることはほとんど無いらしい。雨の日は車でも流されるらしく、転落する車が後を絶たないとのこと。

店主の東京での思い出話なども聞きつつ小一時間、刺身と天ぷらで飯を食いビールを1本飲んで1600円。

 

店を出るときに壁に貼ってあった「大湯温泉夜のプレイマップ」というのを眺めていると、店主が同じものを奥から出してきてくれた。店を出ると雨も上がっていたので、それを見ながらひなびた温泉街を探索することにする。

プレイマップによれば、旅館が13軒、スナックが5軒、食堂と居酒屋が合わせて9軒の温泉街。

f:id:yoshixim:20160511230904j:plain

 

21時を回ったくらいだが、店の大半は閉まっていた。ストリップ小屋なんてのもあったが、入り口に板が打ち付けられて完全に閉鎖されている。

10分程度で回りきってしまい、宿にもどる。テレビを見て(今日は長崎の原爆関連のドキュメント)ちょっと霊気など感じつつ眠りについた。

 

 

3日目

 

f:id:yoshixim:20160511230829p:plain

朝飯を運んできたのは田舎ギャル風のねえちゃん。おばちゃんが来るもんと思って半朝立ちのままパンツ一丁でドアを開けるおれ。まあそんな感じの朝。

温泉卵と山菜と海苔とみそ汁で飯を三杯。腹一杯でもう一眠りして、10時に出発だ。

 

 f:id:yoshixim:20160511230913j:plain

 

出てすぐのガソリンスタンドで9リッター973円。

小出から十日町、かなり大回りして柏崎に出たのが12時ちょうどあたり。天気も良く道も良く、ただ走ることが楽しかった。

 

f:id:yoshixim:20160511230914j:plain f:id:yoshixim:20160511230915j:plain

この旅3日目にして初めて海に出る。海沿いの食堂を探しつつひたすら8号線を西へ。ちょっと昼飯のロケーションにこだわりたいところだ。食うのはもちろんカレー。

で、イメージ通りのドライブインを見つけてカレーを食ったら思った通り、美味かった。

海沿いのワインディングロードもご機嫌。ひたすら走り続ける。

 

f:id:yoshixim:20160511230916j:plain

やがてそれにも飽きたので上越インターから北陸自動車道に乗ることに。

海とトンネルが延々と続く道を約1時間ほどで富山県に入る。越中境パーキングエリアで一服し、次の朝日インターで高速を降りた。高速代は1400円。

降りてすぐのJOMOで給油。走って出てきたお姉ちゃんがいきなり転けたので「大丈夫?」と聞くが無視される。7.7リッターで816円。

 

親父お袋の生まれが富山なので、ガキの頃何度もきたことがある。大人になってからも何度か来たのでおおまかな土地勘がある。越中境パーキングの観光案内地図で確かめた「スーパー農道」という道に出れば目的の立山町まで一直線だ。

 

が、農道がみあたらない。迷っているうちに雨。延々と続く田んぼの真ん中で、倉庫を見つけて雨宿り。30分ほどで雨があがる。地図がないので適当に走り回り、やがて目当ての農道に出る。アップダウンやカーブが多い割りに走りやすい道で調子に乗って飛ばしまくる。

 

途中、目的の一つでもあるそうめんを食いに、大岩日石寺に寄る。ガキの頃の思い出でもあるが、数年前に訪れてから、もう一度行ってみたいと思っていたのだ。美味いそうめんは4年ぐらい寝かせるものだと前に来たときに店のおばちゃんが言っていた。

 

f:id:yoshixim:20160511230917j:plain

苔むした参道の途中に5、6軒、旅館と土産物屋を兼ねた食堂があり、どの店でもそうめんが食える。

ここで食って初めてそうめんが美味いものだと感じるようになった。

以前来たときは秋だったので閑散としていたが、夏のこの時期にはそこそこ観光客がいる。

そうめんを啜って早々に大岩を後にした。そうめん一杯450円、高いか?

 

親父の実家にはじいさんとばあさんと親父とおばさんがいた。

ほんとの田舎の農家である。じいさんばあさんはすっかり歳をとっていた。

人は確実に歳をとり、少しずつ死に向かってゆく。不謹慎かも知れないがそれがその家での感想だ。

 

親父は今日付けで会社を退職するという。17で家を出て20過ぎで戻って、それ以降あまり本音で話したことは無かった。今日はちょっと差しで一杯と思っていたので、ご一同に挨拶し小一時間茶飲み話をして親父のマンションに向かう。

 

「店屋物のカレーでもとるから泊まってかれよ‥‥」

ばあさんの声が耳に残るが、そうめん食ったばかりだしここで飯を食ってもしょうがない。もうばあさんとすべき話もない。正直に言えば、老人の暮らしの染みついた家にいると気分が滅入ってくるのも事実だ。

 

じいさんばあさん。感傷的に捕らえれば思うところは沢山ある。本当に必要な時には孫として労を惜しむつもりはない。入院の付き添いをしたこともある。だが実際のところ、おれの生活とは関係のないひとたちだ。自分でも冷酷だと思うが、おれは結局おれのために生きている。今のおれに感傷的な気分に浸る余裕はない。

 

おばさんとはちょっと話してなかなか面白かった。昔(40年前)、今のおれの部屋(新宿)の近くに住んでて、バーと喫茶店の雇われママをやっていたそうだ。こんど遊びに行く約束をした。

 

親父のマンションは富山市内の国道沿いにある。東京近郊と比べて違うのは田んぼがそこらじゅうにあることぐらいで、ケンタッキーやらマックやら回転寿司やら焼き肉やら電気屋やらビデオ屋やら、あるものは東京近郊とほとんど変わらない。

盆で帰省客が多いらしく食い物屋はどこに行っても満員一時間待ち。

 

ふらっと歩いて出たもんだから飯食える店をみつけるのに2kmぐらい歩いた。タクシーが全然走ってないのも東京とちがうところだ。

で、昔からあるような焼き肉屋が空いてたのでそこに腰を落ち着ける。チェーン店の焼き肉屋はどこでも1時間待ち。

 

焼き肉はうまかった。叙々苑並みのいい肉を使っている。牛角よりもよっぽどいい。高い肉(つってもリーズナブル)ばかりくったが全部親父持ち。

親父とは結構突っ込んだ話が出来たと思う。今までのこと、これからのこと、正直全てについて納得できたわけではないが、今まで話さなかったことを随分話したし、親父もまたひとりの男なのだということがわかった。

 

で、帰り道。カラオケ屋の前で親父。「おまえ、カラオケなんか歌うのか?」

明らかに歌いたそうだ。「ああ、たまにはね‥‥ 歌いたい?」

「おお、いいね。行くか」

「行きつけの店なんか、あるの?」

「ああ、でも遠いからな。近所にスナックがあるぞ」

以前はスナックなんぞに行くような親父ではなかった。妻に精神的に依存している部分の多い、こぢんまりとした男だった。しかし単身田舎に来てから、やはり親父は「男」をとりもどしていた。焼き肉を食いながら話した時もなんとなくそれは感じていた。

 

店にはおばさんらしいおばさんと、若く見えるきれいなおばさんと、よくわからない女の客がいた。途中ひとり50がらみの男が入ってきたが、親子で盛り上がっているおれ達を見て若いおばさんを口説く気をそがれたらしく、早々に帰っていった。

 

若く見えるきれいなおばさんはとても良かった。本来ならおばさんと呼ぶべきではないのかもしれない。たぶん実年齢は50ぐらいだと思うが40前半ぐらいに見えた。顔立ちもきれいだが、ちょっと影がありつつ優しいところがとてもいい感じだ。たぶん親父は惚れちまったんじゃなかろうか?「銀座の恋の物語」なんぞをデュエットしてもらってるときに、腰を抱こうとしていた。軽くかわされていたが。

 

おれは「居酒屋」をデュエットしてもらった。

若いおばさんに「いくつに見える?」と聞かれたとき「年齢よりもずっと若く見えるでしょ?」などとわかった風なことを言ってしまったことが悔やまれた。素直に「35歳」と答えて喜ばせてあげればよかったのに。

「35歳」と言ってあげたくてタイミングを待ったが、言い出すチャンスは無かった。

 

歌は親父に合わせて懐メロ大会。「襟裳岬(By森進一)」「函館の女(By北島三郎)」「酒と泪と男と女(By河島英伍)」「ギターを持った渡り鳥(By小林旭)」などを歌った。

いい気分に酔っぱらって店をでた。飲み代も親父の奢り。親父はこの四年間の単身赴任で男の本能をとりもどしたようだし、なんとなく安心だ。ちょっと飲み過ぎたようで足下がふらつく。

マンションに帰り、空を飛んでるような気分で布団に寝転がり、おれはそのまま眠りに落ちていった。

 

 

4日目

 

f:id:yoshixim:20160511230830p:plain

胃もたれと微かな頭痛を伴った目覚め。

軽い朝飯を無理矢理腹に押し込み胃薬を飲んで再び眠る。次に目覚めたのは11時過ぎだ。

シャワーを浴び、昼飯を食いに出かける。けっこうヤバイ状態だが、とにかく回復せんことには出発できそうにない。

「とんかつ屋へ連れてってくれ、キャベツのお代わりができるところだ」

 

生のキャベツを大量に腹に押し込めばこの状態から抜け出せる‥‥ そうおれの本能は告げていた。

で、ご飯とキャベツをお代わりし、とんかつを無理矢理詰め込んで、再びマンションで横になること一時間。やっと動けそうな気がしてきた。

 

親父のマンションを後にしたのが13時過ぎ。富山インターからとりあえず高速に乗る。

魚津のサービスエリアで給油。6.03リッターで633円。来たときに通った海沿いの道を引き返す格好でひた走り、糸魚川インターで降りる。高速代は1750円。

 

国道148号から海岸線を離れ、山に入る。川に沿って遡っていく至って普通の道のり。

白馬から406号に別れ長野市へ。カーブのきつい山道だがそのへんはもう慣れっこだ。途中の鬼無里村の道沿いで焼きもろこしを売っていたので買って食う。気になるお値段は一本250円だ。

 

道ばたでとうもろこしにかじりついていると、あとから家族連れがやってきた。父親らしき人物が一本買って中学生ぐらいの娘のところに持っていくのだが、娘は「焦げてるぐらいに焼けてないとやだ」と文句を言っている。親父は店に引き返し「焦げができるぐらいに焼いてくれ」と頼み、焼き上がると再び娘のところへ持っていった。

「やったー、焦げてる。うれしー」と娘。

だが出発するときにふと見ると、そこには親父さんが寂しそうにもろこしを囓っている姿があった。

f:id:yoshixim:20160511230918j:plain

 

背後から迫る雨雲を逃れるように先を急ぐ。行く手にも雨雲が迫りつつある。それでも雨に降られることなく長野市内へたどり着く。街の中心部を抜けて国道18号へ。

途中でスタンドに寄って店の兄ちゃんに道を尋ねる。

「どこまで行かれんすか?」と兄ちゃん。

「東京まで」

「へーそりゃ大変だ。この時期渋滞も酷いでしょ」

 

渋滞‥‥ ここまであまり縁の無かった言葉が出てきた。給油は7リッターで706円。

本当はこの辺から高速に乗りたいところだが、昼飯を食いながら親父と話したところによると、上信越道の長野から上田に至る区間には長いトンネルがあり、そのへんで渋滞にはまると結構酷い目に合うから避けた方がいいとのこと。

 

確かに普通に走っていてもトンネルは気分が悪いし、アドバイスに従って上田まで下道でいくことにする。

下道も結構込んでいて、上田インターに付いた時点で18時。まだ東京までは150km以上の道のりだ。時速75キロで2時間。確かにそんな計算が成り立つが、なかなか思い通りにいくもんじゃない。

 

佐久から軽井沢に掛けて10km以上の渋滞と案内板に出ている。

まあ高速道路の渋滞なら路肩を走って行けば簡単に抜けられるからな。そう高をくくって高速に入る。

が、甘かった。

今地図で確認するとわかるが、佐久から軽井沢までの18.8kmのうち、ほぼ半分がトンネルなのだ。

 

高速道路、渋滞中のトンネルで何が起こるのかと言うと。

まずバイクにはエアコンが無い。トンネルの中には路肩が無いし道の幅が狭い。そして換気が悪い。排気ガスは体に悪い上に暑い。どのぐらい暑いかというと最悪の場合、気温は50℃ぐらいになる。空冷4気筒のエンジンは夏場の高温にとても弱い。バイクの構造上エンジンの上に跨っているようなものなので、のろのろ走っているとケツが火傷するんじゃないかってくらい熱くなるのだ。

 

そのような超快適なトンネルは全長2.5kmぐらいのものが2箇所と4kmの八風山トンネルの計3つ。

何が起こるかはご想像の通りだ。

ただし真ん中付近が一番暑いのかと思ったら、登り斜面だったせいか、出口付近に至るまで気温は上昇するだけだった。

 

一応隙あらばすり抜けて進むのだが、八風山トンネルの真ん中あたりにいるときはかなりやばかった。トンネルとトンネルの間の短い道の路肩でエンジンを冷ましながら40分ぐらい掛けて危険地帯を通過する。

 

そこから先は疲労との闘いが続く。一進一退、泥沼の消耗戦。

サービスエリアは渋滞の影響でどこも一杯。腹も減ってきたが飯を食うにも長蛇の列だ。

次のサービスエリアで食えばいいやと諦めるのだが一度休んでしまうとなかなか走り出す気力が沸いてこない。

 

そんな感じで横川、甘楽、上里、寄居の各サービスエリアで停まっては飯も食えず休むといったことを繰り返し、やっと飯にありついたのは埼玉の鶴ヶ島にある高坂サービスエリア。

豚汁定食530円と、ガソリン給油が8.9リッターで935円。一時間近くベンチに寝転がって過ごした。

 

その後は雨が降りそうで降らない道のり。所沢から練馬までの出口渋滞は路肩を走ってやり過ごし、23時30分頃にゲートを抜けた。高速代は3550円。

東京ではちょっと前までまで豪雨だったらしいが、ちょうどそれが去った後のようで雨にやられることもなく練馬インターから新宿の我が家に向かう。

 

バイクの方はこの無茶な道のりにもめげず元気に走っている。さすがにドライブチェーンが伸びてしまったようで、走るたびにガタガタとうるさいがそれくらいは仕方ないだろう。

走り慣れた新目白通りを旅の余韻を味わいつつのんびり流し、ちょうど日付が変わる頃、アパートに着いた。

 

 

期間:2002.8.12~15

走行距離:約1100km

バイク:Kawasaki ZEPYER400('91年式)

平均燃費:20.8ℓ/km

出費:ガソリン代・・・・5669円

   高速道路代・・・・9300円

   食費・・・・・・・9580円

   宿泊・その他・・・8000円

---------------------------------------------

  合計 32469円+タバコ、缶コーヒー代

 

 

*1:残念ながら保栄館は数年前に廃業されたとのこと